ブログ

守屋真衣のプロフィール

投稿日:2016-11-03 更新日:

 

こんにちは。

岡山のココロとカラダのバランスタイル
【まほらま】の
バランススタイリスト!モリヤマイです。

まい

私の過去のお話を、
共有したいなと思って書いてみたプロフィール(笑)
思い切って書かせて頂きますので長くなりますが、
読んでみてください。
___________________________

私は、コンプレックスの塊でした(笑)

 

ヨガを教えているけれど、
ヨガ歴も長くないし、
体は固く、インドにもいったことはありません。

それでも、ヨガのインストラクターをしています。
私は、どこにでもいる普通の主婦でした。
ただ当時、過去のトラウマで自己肯定感は低く、
育児も思い描いて今モノとは全く違い、何か焦っていました。
この辺りについて少し詳しく書かせていただきます。
 
___________________________
私は、職場で主人と出会い、
私が一目ボレし、私が猛アタックし、
私がプロポーズの末結婚。
今でも大好きですが、当時は本当にゾッコンでした。
そんな私たちに、子供ができました。
本来なら幸せな妊婦生活のはずが、
仕事をしていたため、うれしい反面仕事に
ものすごく支障があり喜べませんでした。
つわりは吐き気がひどかったのですが、
私のチームは後輩ばかりだったので任せることもできず、
無理をしていたこともありました。
だんだんと、お腹で大きくなることに恐怖も感じました。
子供ができて、制限されることが多くなり、
体型も変わってより制限が増え、

ネガティブなことにしかフォーカスしなくなってたな。

調べても、怖い情報にしか目がいかなかったり、
相談する相手もいませんでした。
いや、相談する相手がいないというよりも、
自分がどう思われるか怖くて、
誰にも相談できませんでした。
39週を過ぎ、もうすぐ予定日というある日。
陣痛っぽい感じ?という感覚。
そこで、産婦人科を受診。
「ちょっと早いけど入院しておこうか!」

と先生に言われ入院。

いよいよ出産か!と不安でいっぱいの中、
看護婦さんに部屋を案内されました。
部屋の説明をした最後に
「普通はまだ家で待ってますよ?」
と言って去っていきました。









自己肯定感が低く、出産に不安しかなかった私は、
そこでどん底です。
「私って、まだ来ちゃダメだったの?」
「でも、先生が入院って言ったんだし・・・・」
「いや、でも、看護婦さんはまだ家にいるくらいって言っていたし・・・」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、出た答えは、
「私はダメな妊婦なんだ」です。
だから、ちょっとでもいい妊婦になろうと、
廊下を歩いたり、階段を上ったり、下ったり。
人目ばっかり気にしていました。
今思えば、なぜそう考えたのか謎ですが、
本当にネガティブな方向にしか
考えられなかったんだと思います。
その日の夜からだんだんと感覚が短くなり、
深夜3時に破水。
朝を迎え、陣痛の感覚は短くなっているのに、
子宮口は3センチしか開いていません。
お昼過ぎごろ、子宮口はまだ3センチ程度。
時間だけはどんどんと過ぎていきました。
そして、突然、胎児の心拍が低下しました。
先生から
「赤ちゃんの心拍が低くなってるから緊急帝王切開」
と言われ、陣痛の痛みと、空腹と・・・・・・
訳のわからない状況のまま、手術へ。

 

 

とても寒くて、気持ち悪い。

 

痛みはないけど、なんとなく感覚はある。

そして、やっと出会えた息子は赤紫色で、
頭はすごく変形していました。
看護婦さんは「がんばった証だね」と
言ってくれたのですが、
感動もなくかわいいとさえ思えなく、
寒さと恐怖でいっぱいでした。
その後も、
「普通に産んであげられなかった後悔」と
「普通に産めなかった普通の母親じゃない私」
というネガティブな感情が私を支配しました。
息子は、乳児湿疹にしてはひどい湿疹が顔、
ひじ裏、ひざ裏に出ます。
いくつかの小児科を受診し、
最後に出会ったところで食事療法などの指導を
していただきました。
生後3か月で完全母乳だったので、
食事療法は私の食生活です。

食事療法というのは

マクロビをベースとしたものでしたが、
当時は知識も何もなく、
今まで食べていたもののほとんどが
食べられなくなりました。
お米も食べすぎると良くないと言われ、
「食べ過ぎる」がどの程度かわからないので
食べるのが怖くなり、
穀物はイモ類しか食べない時期があったり、
かなり偏った食べ方をしていたと思います。
そして、相当ストレスにもなっていました。
息子が生後6か月。
離乳食を始める時期ですが、
何を食べさせればいいのかわからない。
当時、息子が直接食べるのに完全除去すべきものは、
米、卵、乳、そば、落花生、えび、かに、やまいも、ごま、
大豆、牛肉などで、他にも脂の多い魚は避けるように!
とか言われていました。
まず、米がダメって、何を食べさせるの!?
と、スタートできませんでした。
息子が生後8か月。
米の代用で雑穀の「あわ」「きび」「ひえ」「たかきび」を
ローテーションさせて離乳食をスタート。
炊き方も謎なままのスタートで、案の定、息子は食べてくれない。
私が食べてもおいしくない。
これらをおいしく炊く方法もわかりません。(いまだに謎ですが・・・)
全部にイライラ。
食べない息子にも、
おいしくない雑穀にも、
調理方法の正解がわからいことにも。
そして、
「どんなに頑張っても【当たり前】の育児ができない私」
というレッテルを自分につけていました。
そんな心境でずっと子育てをしていました。
そして、2010年の大阪西区で起きた2児虐待事件。
息子のことは大好きだし、
虐待をしていたわけではないけれど、
他人事ではない気がしました。
あの事件は、私には環境が母親を変えた様にしか
思えませんでした。
それは私にも通じるところがあるな・・・
そう深く感じたことを覚えています。
それからも、私は必至に「良いお母さん」を演じていました。
どうにか現状を変えたい!
その一心でいろいろと参加した中で、
「ヒーリング」と出会いました。様々なものと出会い、 

劇的に自分の考え方が変化していきました。

その結果、出産のトラウマも、ネガティブだった色々も、
今では全く気になりません。
自分が変化すると、心境も環境も変わっていきます。
そして、学びを深めていくことで日々、進化していきます。
ヒーリングの学びを深め、

人にセッションするようになったとき、感じたことがあります。

 

【心の変化は、本当に自分と向き合っていないとわかりにくい】
そう思っていたタイミングでヨガと出会いました。
ヨガの世界観と
今まで学んできたことが通じると強く感じました。
アプローチの仕方が違うだけで、
好みの問題なんじゃないかと感じ、
インストラクターになれるものならなりたい!
と強く思うようになり、

夢を掲げて、半年程度でインストラクターに!

 

 

けれど、経験ゼロ、人脈ゼロ、認知度ゼロの私が、
そんなに簡単に上手くいくわけもなく・・・(笑)

 

 

そして出会ったのがfacebookの使い方。
もともと、学生のころはマスコミを目指していたこともあり、
自分の考えをアウトプットしたり、
人を宣伝することは大好きでした。
facebookを通じて出会う人が本当に面白い。
そんな魅力に魅せられて、facebookで認知を上げること、
自分自身を売り込むことなどを学び、
その結果、今はヨガインストラクターとして、
ヒーリングセラピストとして声がかかるようになりました。

 

 

まだまだ、途上で、もっと進化していきたい!
【良い】も【悪い】もないこの世界を楽しみたい!

 

 

今日も私は前へ進みます。

マイヨガ

-ブログ
-

Copyright© まほらまの魔法 , 2018 All Rights Reserved.